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水俣市 環境大学構想について考える

高校の修学旅行は、長崎・阿蘇でした。
残念ながらあまり記憶に残っていません。
水俣市が環境大学構想 地域全体をキャンパスに』(西日本新聞)という記事から。
 熊本県水俣市は、公式確認から51年を迎えた水俣病の教訓を生かした「環境大学」の創設を目指し、18日に実行委員会を発足させる。大学の形態は未定で、3年後をめどに具体的な構想をまとめる方針。新たな校舎を含む大規模な施設建設は考えず、水俣地域全体をキャンパスととらえるなど、既存の概念を超えた大学像を模索する。

 実行委員会は青年会議所や地域代表、環境企業や市民団体、水俣病の関係者など11人で構成。専門の作業部会を設置する。実行委事務局となる市環境対策課は「大学運営は民間組織が理想」としている。

 水俣市では、水俣湾埋立地の隣接地に市立水俣病資料館などの水俣病関連施設が立ち並び、関連資料の保存活動が進んでいる。市も「環境モデル都市」を目指し、ごみの22分別や環境に配慮した企業を集積するエコタウンづくりに取り組んできた。

 水俣病資料館には、毎年数百校の小中学校や高校が環境学習に訪れ、環境をテーマに水俣合宿をする関東、関西の大学ゼミも増加。国際協力機構(JICA)は毎年、海外の行政職員を対象に、水俣を拠点とした約1カ月の環境研修を実施している。

 環境大学構想は、環境教育・研修をさらに充実させるのが狙い。宮本勝彬市長は「環境大学は社会的なニーズがあるはずだ。単位認定を視野に、特区申請も検討したい」と話している。

歴史にしっかりと立ち向かうというのは、こういうことなんだろうと思います。

特に、今、中国をはじめとして、BRICsやVISTAと呼ばれるような国々が、かつての日本のような高度成長期を迎えようとしています。
環境先進国というと、ドイツや北欧のイメージがありますが、日本もリードできる分野のはずです。

文科省の認可を受ける大学である必要はないでしょう。
負担、リスクも大きいと思います。
大学、大学院レベルの教育が受けられる場所として、特化していけばいいのではないでしょうか。
全国の大学と提携して、1年間あるいは1セメスターをこの環境大学で過ごすといった使い方ができると思います。
国内だけではなく、海外からも研究者が集まるような場所が作れるのではないでしょうか。

また、諫早湾も近くにありますから、さらに広域で、環境政策を考える場所にすることもできるのではないでしょうか。

水俣だけで、終わってしまうのももったいない気がします。

わたしたちの環境学習
持続可能な社会のための環境学習
これからの大学等研究施設(第3編(環境科学編))

LEC大全国展開縮小について考える

例えば、現在の早稲田大学を株式会社化したら、存続できるのでしょうか?
大学って、儲かるものではないような気がしますが、どうでしょう。

LEC大10校 募集停止』(YOMIURI ONLINE)という記事から。
 構造改革特区制度を利用して株式会社が初めて設立した「LEC東京リーガルマインド大学」(反町勝夫学長)が、全国14校のうち、2008年度から札幌、宇都宮、千葉、静岡、岡山、北九州など10校の学生募集を停止し、首都圏と大阪の4校に縮小する意向を各市に提示していることが3日、わかった。

 これを受け、札幌市は特区計画を廃止する。同大は今年1月、文部科学省から不適切な大学運営について改善勧告を受けていた。規制緩和による経済活性化を目指す特区制度に対する同大や自治体の甘い見通しを露呈することになった。

 同大は、全国で司法試験予備校などを経営する「東京リーガルマインド」(東京都千代田区)が2004年4月、構造改革特区を利用して千代田区と大阪市で開校。その後、全国にキャンパスを展開した。

 しかし、同大は今年1月、文科省から「大学と予備校が事実上、同一化しており、大学の目的に照らして疑義がある」などと改善を求められ、「当初想定していた大学の運営方法の大幅な変更が必要であり、すべてのキャンパスを維持するのは困難」として、縮小などを自治体と協議してきた。

 札幌市には、5月に札幌校の学生募集停止の相談があり、「全国14校のうち、首都圏の一部と大阪の4校に資源を集中する」との方針が伝えられた。同大は神戸、広島、福岡などにも展開中だが、これらも募集停止の対象とみられる。

まずは、募集停止をするだけで、閉校ではないので、在学生がいる間は授業は継続されるということですね。

しかし、そもそも、大学と資格予備校の同一化については、申請の時点で問題視されるべきこと。
認可した文科省の責任というのも大きいのではないでそうか。
規制緩和路線にブレーキをかけないために認可せざるを得なかったという言い訳がすでに報道されていますが、結局、学生が迷惑を被ることになってしまいます。

ここまで報道されていていますので、積極的にLEC大に進学しようという人はもう少ないかもしれません。

こちらの大学に進学する人は、資格を取るのが第一目的で、プラスアルファとして大学卒業資格が取れる、というのがメリットなのだと思います。
でも、そのために、資格には関係のない授業が増えることは、資格の勉強をしたい人にとっては、歓迎されないでしょう。
普通の大学のようにすればするほど、満足度が下がってしまうことになりそうです。

資格をとりたいだけなら、大学ではなくLECに行くほうが早そうです。

2008年度開設を申請した大学について考える

14校新設、大学設置審に諮問=文部科学省』(時事通信)という記事から。
新設を申請した大学などは次の通り(かっこ内は大学=学部、短大=学科、大学院大=研究科)。
 【私立大】桐生(医療保健)=群馬県みどり市▽東都医療(ヒューマンケア)=埼玉県深谷市▽植草学園(発達教育、保健医療)=千葉市▽三育学院(看護)=千葉県大多喜町など▽佐久(看護)=長野県佐久市▽北陸学院(人間総合)=金沢市▽修文(健康栄養)=愛知県一宮市▽神戸常盤(保健科学)=神戸市▽福岡女学院看護(看護)=福岡県古賀市▽保健医療経営(保健医療経営科学)=福岡県みやま市
 【公立大】長崎県立(経済、国際情報、看護栄養など)=長崎県佐世保市など
 【私立短大】愛知医療学院(リハビリテーション)=愛知県清須市
 【私立大学院大】ハリウッド(ビューティビジネス)=東京都港区▽SBI(経営管理)=横浜市


私立大学は、ほとんど看護・医療系の大学ですね。
少し気になるのは、福岡女学院。
福岡女学院大学看護学部ではなく、まるまる大学をひとつ福岡女学院看護大として申請しているのは、どういう意図があるのでしょうかね。
学部として開設した方が、メリットも、リスクヘッジもあるような気がするのですが。

その他で目立つのは、やはりSBI大学院大学。
ライブドア騒動の時に、一躍有名になったソフトバンク・インベストメントグループが大学設立です。
もともとSBIユニバーシティ株式会社で、講座・研修事業をやっているようです。

あとは、ハリウッド大学院大学。
デジタルじゃないの?と思いましたが、美容専門学校が母体ですね。

そして、この記事にはありませんが、株式会社立であったグロービス経営大学院大学は、学校法人を設立して、通常の私立大学へ移行するとのこと。
もちろん、助成金や税制優遇などでのメリットもあると思いますが、LECの問題などで株式会社立大学への風当たりが強くなっているということもあるのでしょう。
ただ、株式会社として簡単に大学設立→法人へ移行してメリットを享受という、裏ルートのようにならないようにだけして欲しいと思います。

私としては、株式会社立大学として健全に反映している大学が出てこないと、このシステムの意味がないのではないかと考えています。

法政大学 新設のデザイン工学部の入学定員超過で、次の学部新設を断念

法大、今春新設学部「うれしい誤算」 08年新設は延期」(asahi.com)という記事から。
 法政大が、08年4月開設予定と公表してきたスポーツ健康学部(仮称)について、開設を1年延期したことがわかった。今春新設した別の学部の入学者が定員を大幅に上回る「うれしい誤算」で国の基準に触れ、延期せざるをえなくなった。開設予定まで1年を切っての延期は「めったにない」(文部科学省)という。広告などで宣伝してきた法大は、陳謝しつつ注意を呼びかけている。

 スポーツ健康学部は、スポーツ振興と個人の健康作りに貢献できる人材の育成を掲げ、08年4月に定員150人でスタートする予定だった。受験雑誌などに広告を出し、多摩キャンパス(東京都町田市)の校舎の改修計画も進めていた。

 開設延期に追い込まれたのは、今春開設したデザイン工学部で、定員増を伴う新学部設置の認可基準に触れたため。

学部新設には、そうとうな準備をしてきているわけで、いくらデザイン工学部の入学者が多かったと言っても、新設学部の1年延期は「嬉しい」というわけにはいかないでしょう。
就任予定であった教員へのフォローなどもあるでしょうし。

確かに文部科学省の通達では、直近の4年間の各学部の定員超過率が1.3倍というのが基準になっています。
ただ、4年間というのは、単年度では入学手続き率の読み違えがある、ということを踏まえた上での、幅ではないのでしょうか。
新設学部の開設初年度の定員超過を理由に次の申請ができないというのは、どうしたものかと思います。

あるいは、そんなに毎年毎年新しい学部をポンポン作るのではなく、新設した学部がちゃんと完成年度を迎えるぐらいまでは、新しい学部を作るのではなく、開設後のケアに力を入れなさい、というメッセージでもこめられているのでしょうか。

どちらにしても、文部科学省はそこまで厳密に運用しているのでしょうかね。

なんだか、大学側の、別の理由で一年延期したんじゃないか、と思ってしまうのは、勘繰りすぎというものでしょうか。

米テンプル大 海外勢として初の日本の大学へ

一般大学、初の海外勢 米テンプル大、09年度にも開設」(asahi.com)という記事から。
 米ペンシルベニア州立テンプル大学の「テンプル大学日本校」が、09年度をめどに日本に学校法人を設立し、一般の大学を開設する。大学に校地・校舎の所有を義務づけた規制が4月から撤廃されたためで、海外の大学が法人設立を通じて日本に本格進出する第1号となる見通し。新大学の卒業生は日本の大学の学士号を取得できる。「大学全入時代」の学生争奪戦が激しくなりそうだ。

 テンプル大は82年に日本に進出し、海外大学日本校の草分けの一つ。現在は約2800人の学生が在籍しており、6割の1700人が日本人学生で、残りは海外からの留学生だ。東京と大阪、福岡の賃貸ビルに教室を持ち、授業は本校のカリキュラムに沿って英語で行っている。

 05年には、在日大使館のお墨付きなどが条件の「外国大学の日本校」の第1号に認められ、学生が通学定期に学割を使えるようになった。ただ、校地・校舎を所有していない点などが日本の大学の基準を満たしておらず、同大学日本校の卒業生は米国の学士号や博士号などしか取れない。

 政府は03年から、構造改革特区にあれば校地・校舎が借り物でも大学の設置を認めてきたが、4月からこれを全国に拡大。投資負担を嫌って土地・建物の購入に二の足を踏んできたテンプル大は「(一般の大学開設に向けて)最大の問題点が解決した」(カーク・パタソン学長)として学校法人の設置と大学の開設を決めた。


いよいよです。
これまで、日本の大学設置基準は、日本の教育市場に興味を持つ海外の教育機関にとっておおきな参入障壁となっていました。

おそらく、海外から相当のプレッシャーがあったことでしょう。

これまでも、テンプル大学は、「海外の大学の日本校」として、文部科学省の指定を受けてきました。日本の大学と同等の扱いを受けて、大学院入学資格や他大学との単位互換が認められてきました。
それでも、認められたのは2005年のことです。
逆に言うと、それまでは、一切認められていなかったし、現在でも、文部科学省の指定を受けていないところでは認められていない、ということです。
(もちろん、大学院進学に関しては、大学院側が日本の大卒と同等と認めれば、これまでも可能でした)

一般企業においては、どこの国の大学卒業であるか、といったことはあまり気にされないと思いますが、資格としては、国内では高卒にしかならなかったというわけです。

私としては、「海外の大学の日本校」という立場で十分にやっていけるとは思います。
海外の教育課程に則っていることが一番のポイントだと思いますので。
それが、日本の大学になることによって、日本の教育課程に合わせたものになり、どこまで他の日本の大学と差別化できるでしょうか。

「定員」の問題がありますので、「入るのは易しく、出るのは厳しい」システムにも限界がありそうです。

さて、どのような大学になるのでしょうか。楽しみでもあります。

カタカナ語の学部名急増について

<カタカナ学部>大学で急増、背景に少子化」(毎日新聞)という記事から。

 学部や学科の名称にカタカナをつける大学が増えている。一見しただけでは、何を学ぶのか見当が付かないものも。学問の範囲が広がって日本語では表現しにくくなっていることや、少子化を背景に「他大学と差別化を図りたい」との狙いがある。大学全入時代を迎え、カタカナ学部・学科はまだまだ増えそうだ。


他大学との差別化をはかりたい、というのは当然の考えです。
でも、そのために、受験生にとって学ぶ内容が分からないような名称になってしまっては本末転倒ではないかと思います。

もちろん、日本語で表現しづらいカタカナ言葉が増えているのも確かです。
私も、よく使ってしまいます。

でも、例えば、記事中にある「ホスピタリティ・ツーリズム学部」。
ホスピタリティを表現する適当な言葉がなかったということですが、ちゃんと記事中には「もてなしの心」となっています。
極端な話、「もてなしの心」学部でもいいと思います。
ホスピタリティを表現する適当な日本語が見つからずに、本当に、この心を学生に伝えることができるでしょうか。

「この学部で何を学ぶのですか?」という質問に対する、最小単位の答えが学部名だと思います。その答えが、よくわからないカタカナ語でしか表現できない大学で、本当に学ぶことができるのでしょうか?
カタカナ学部の全てが悪いとは思いませんが、時代にあわせた新しい学問を展開するならかつての「経済」や「社会」など新しい日本語を生み出すような心意気があってもいいのではないでしょうか。

余談ですが、かつて、大学・学部・学科のデータベース作成にかかわったことがある人間としては、毎年長くなっていく学部名称のフィールドを最大何文字に設定するかは大問題でした。

止まらない薬学部の新設‐私学は6年間で倍増

止まらない薬学部の新設‐私学は6年間で倍増」(薬事日報)という記事から。

2008年度に薬学部開設を目指している大学が、少なくとも3校はあることが本紙の調べで明らかになった。鈴鹿医療科学大学、立命館大学、つくば薬科大学(仮称)の3大学で、文部科学省への設置申請を予定している。申請通り承認されれば、2008年度には74大学・75校となる。薬学部の定員も300人増えて1万3574人、6年制学部だけでも1万2834人に拡大する。


私立大学に関しては、この6年間で学部数は倍増することになるそうだ。
にもかかわらず、相変わらず薬剤師は不足しいるように思う。
スーパーの中などの薬局で営業時間内であるにもかかわらず、薬コーナーだけ閉鎖されているのをよく見かける。これも薬剤師が配置できていないから、ということなのだろう。

薬学部新設と、彼らが社会に出るまでには、6年間のタイムラグがあるので、すぐには解消というわけにはいかないだろう。
しかし、すぐに飽和状態がくることも予想できる。

そのときには、薬剤師資格はとれたものの、働き口がない。
場合によっては、国家試験の合格ラインの引き上げによる調整、ということもありえる。

一度、与えられた定員は、そう簡単には減らせないだろうから、その時に、どう学生のキャリアを形成していくかが問題になるだろう。
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