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学力差だけではない大学の格差 について考える

はるか昔の話にはなりますが、大学生時代に自分の大学の入試補助のアルバイトをしたことがあります。

連日、いろいろな大学が試験会場に使う予備校の校舎が職場だったのですが、前日に試験会場として使った某私立大の貼り紙などが剥がされないままに残っていました。
そこで、上司にあたる大学職員が私たちに言った言葉は「うちの大学では、こんなことは許されないよ。学力だけじゃなくて、こういうところにこそ大学のレベルが表れるからね」と。

今思えば、アルバイト学生の愛校心と自尊心に訴えかけて、仕事の質を上げようとする、なかなか上手いひと言です。

学力差だけではない大学の格差=粥川準二(毎日新聞)という記事から。
 7月10日、選挙に行ってきた。

 ところで筆者は三つの私立大学で非常勤講師として講義を担当している。当然だが、学生たちの学力や理解度には差がある。A大学とB大学の学生はそんなに問題はないが、C大学の学生の半数は小学校高学年レベルの算数を使いこなせない。

 学力に差があるのは割り切ることができる。同じようなテーマで90分話す場合、C大学ではA大学の3分の2程度の情報量だけを教える。深刻なのは、態度や意欲に差があることだ。C大学では、教室に行くとみんな真っ暗な中でスマホをいじっている(誰も明かりをつけようとしない!)。いくら「質問ありませんか?」と聞いても、手を挙げる学生はほぼ皆無。毎回小さな紙に意見や感想を書かせているのだが、配布プリントから数行写すだけの学生が大半。(後略)

「A大学やB大学と、C大学とでは、学生の親たちの社会経済的地位が違う」というのは、ちょっと論理が飛躍しているような気はします。
実態としてはそうであったとしても、ここに書かれていることだけで、社会経済的な地位の違いを推測することは難しいと思います。
一般的に言われている言説に、自分の学生を当てはめようとしていませんか? いや、「自分の学生」という意識も希薄なように受け取れます。

また、「彼らは学ぶことの価値を誰からも教えてもらえなかったのだろう」というのは、言っちゃいけないことというか、「学ぶことの価値を、私も含めて誰からも教えてもらえなかった」ということでしょう。
学ぶことの価値を理解していない学生が目の前にいるのであれば、それを教えるのが教壇に立つ者の使命ではないでしょうか。
この記事の表現では、自分も出来ていないことを棚に上げて、それまでの教育環境を非難するような、ずいぶん他人事のような印象を受けます。
(まあ、コラムですから、主観的な書かれ方でもいいとは思いますが)

C大学のような大学に入学してきた学生に対しては、A大学やB大学の学生を対象にしたような学生生活の指南や就職活動に向けてのアドバイスとは別の世界にいるのだという現実、でもそれがそのまま負け試合でもないことをまず認識してもらうことからスタートでしょう。
そして、その状況に合わせた戦い方を考えるように刺激を与えることが、C大学の授業でやるべきことなのではないでしょうか。「お前たちは、育った環境が悪いから、ダメなんだ」と言うだけでは、何も前には進みませんね。
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