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大学の都心回帰への懸念 について考える

ここ数年ずっと続いている、大学の都心回帰傾向。

通学の便もよく、大学生活や就職活動にも便利ということで、入学希望者も増えて、受験生の反応もよく、大学としてはいいことばかり。

でも、移転されてしまった地域にとっては、学生をはじめ大学関係者がごっそりいなくなるわけで、いろいろな面で痛手です。

こぞって郊外移転した大学、今度はこぞって都心へ移転…深刻な事態に陥る懸念も(BusinessJournal)という記事から。
文=中村未来/清談社

 2015年11月、早稲田・慶應義塾・上智に次ぐ私立大学グループ「MARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)」に属する中央大学が、同大の“看板”である法学部を移転する方針を発表して話題になった。
(中略)
 今春には、杏林大学の八王子キャンパスが都心に近い三鷹市に移ることが予定されるなど、今大学はこぞってキャンパスを郊外から都心部に移動させている。

 では、なぜ大学が都心に回帰しているのだろうか。また、大学の郊外移転は失敗だったのだろうか。社会学者の新雅史氏に、大学の都心回帰の理由について話を聞いた。(後略)

この記事を読んでいると、かつての郊外移転について、大学はとても高い理念を持って実施したように思えますが、果たしてそうなのでしょうか。

郊外移転の最も大きな理由は、首都圏、近畿圏においては、18歳人口の増加と進学率上昇の受け皿を作ろうにも、工場等制限法によって大学の拡大ができなかったということでしょう。

そして、明治大や中央大の高層ビル校舎を経て、2002年に工場等制限法が廃止されて、都心回帰傾向が顕著になりました。

「広々と充実した環境で学生たちに学んでほしい」というのは、言葉は悪いですが「後付け」ではないでしょうか。
捨て去るほどの理念があったようには思えません。

もともと、仕方なく郊外移転したわけですから、その障害がなくなれば、戻ってくるのは当然のことでしょう。
(地価下落で、都心の土地が取得しやすくなったということも、あると思いますが)

郊外移転が進んでいた時期に、大学だけでなく、企業や官公庁なども一緒に移転し、本当の意味で都市機能が分散し、都心部の一点集中が解消されていれば、また状況は違っていたかもしれません。

土地を無償で提供される、インターンシップや実習などを受け入れるなど地域からの支援もあったりしますから、そこに対しての責任はあるでしょうが、それ以上の責任を大学に求めるのはちょっと無理があるような気がします。
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