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大学入試への面接導入の問題点 について考える

先日、「大学入試改革:段階別に評価する新共通テスト創設について考える」というエントリーを上げました。
その中で、「知識偏重にならないよう、結果は段階別に大まかに」という意味が分からないということを書いています。

ペーパーテストが知識を見るだけのものではないとしたら、観点別に得点あるいはレベルを出して、それぞれの大学で求める人材像に合わせて軽重をつけて利用すればいいのではないかということを書いています。

ただ、現実的には、ペーパーテストで見るのは知識の力で、それ以外の素養については面接で、ということになるのでしょう。
その面接も、いろいろと困難を含んでいるようです。

大学入試への「面接導入」、本当に可能なのか?」(Newsweek日本版)という記事から。
(前略)
日本の大学入試に本格的に面接を導入するには色々と困難な点があると思います。

 1つ目は「選考基準」です。間違ってもビジネス界に存在している「人材観」に影響されて「コミュ力+地頭」であるとか「リーダーの資質」などという狭い基準で選別することは避けなくてはなりません。その一方で、何らかの「期待される学生像」というのがなければ面接の判定は不可能です。また、日本の場合は均質な社会というのは真っ赤なウソで、特に学界の場合は右から左まで「ものすごい価値観の多様性」を抱えているわけです。学界の中の価値観がビジネス界と乖離している、その差も恐ろしいものがあります。ですから、面接官の人選にしても、選考基準の取りまとめにしても簡単ではないと思われます。

 その面接官ですが、例えばアメリカの名門大学の場合は卒業生が担当します。ですが、日本の場合はまずムリでしょう。何と言っても、卒業生の出身校に対するプライドやロイヤリティは極めて低いですし、より良い学生を母校にという情熱には余り期待できないからです。守秘義務や公正さの問題なども考えると、やはり面接官は現役のその大学の教員ということになりそうです。
(後略)

問題点1の「選考基準」については、筆者の考えに共感できるところもあります。

以前に書いたことがありますが、いくつかの大学でAO入試導入のための勉強会のようなものに参加させてもらったことがありますが、その際に私が言ったのは「自分のゼミ生を選ぶつもりで選んでください」ということ。
「面接官の裁量で採用できる枠」というのは、その考え方を拡張させたものと言えるかと思います。

筆者本人も「60%はジョーク」と書いていますが、実現は困難です。

そもそも、「枠をとってまで欲しいと思える受験生が来ない」というのが大きな問題。
果たして、「思いを託せるような人材」や「後継者候補的な資質」を、学部入学希望者の中から見出すことができますでしょうか?
せめて、打てば響く可能性があるのかどうかを見極めたいところですが、それはやはりペーパーテストではなく、面接ということになるのでしょう。

また、「そこまで、教員の手間がかけられるのか」という問題もあります。
できれば、先生方に選抜よりも、教育と研究に限られた時間を割いてほしい。
前述のAO入試勉強会では、「AO入試はスカウトだと思ってください」とも言いました。
プロ野球でも、コーチ陣とスカウト陣は別に編成されていますよね。
選抜専任のスタッフがいて、もちろん、野球のスカウト担当が選手出身であるのと同様に、その分野に長けた人で、そのスタッフが選んだ合格候補者を教員が承認するという形でもよいのではないでしょうか。

もちろん、「専任の人間を置く余裕などない」という話になってくると、実現可能性としては、決して高くはないかもしれませんが。
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